昭和から平成初期を駆け抜けた孤高の芸術家・岡本太郎の名著「自分の中に毒を持て」をご紹介します。
岡本太郎はご存知の方も多いと思いますが、大阪万博での「太陽の塔」や、原色を多用した前衛芸術的表現で知られます。また、お茶の間の人気者として「芸術は爆発だ」などの流行語でもお馴染みとなりました。
1993年、岡本太郎の亡くなる数年前に刊行されたのが「自分の中に毒を持て」であり、2017年には新装版が出版されています。発売から20数年が経った今でも読み継がれるベストセラーであり、岡本太郎の言葉が時代を超えて人々の胸に響いているのだと思います。
本書で岡本太郎が言いたかったこと
では、岡本太郎が本書の中で一番伝えたかったことは何なのか?ずばりその結論を申し上げます。
それは「情熱を持って、自分を燃焼させろ」ということです。本書は最初から最後まで岡本太郎の熱い「情熱」がほとばしっており、そのエネルギーが読むものを引き込ませるのだと思います。20年以上もベストセラーとなっている理由が分かります。
どんなことが書かれているのか
では、実際に岡本太郎は本書でどんなことを言っているのか、特にここが胸に突き刺さったという箇所を私なりに選んでご紹介したいと思います。
「危険な道をとる」
これは岡本太郎の生き方そのものを表す言葉で「安全な道をとるか、危険な道をとるか」迷ったら迷わず「危険な道をとれ」と勧めています。
実際、岡本太郎自身も単身パリに渡り、芸術活動をする中で自分の存在意義や芸術の方向性に悩み格闘しました。それまでの慣習やセオリーに従っていれば仕事に困ることはないし、安定することは分かっていましたが、しかし、岡本太郎の中でそのような安住した世界では自分自身が情熱的に生きられないことも分かっていました。
むしろ、それどころか危険な道の方が自分には興味があり、自分の行きたい道だというのです。
だから、どうしようかと迷ったら「危険な道をとれ」といいます。自らを奮い立たせ、それが生きている実感として沸き上がってくるのだと述べています。
「己を殺せ」
これも印象的な言葉で、ある時、岡本太郎が禅僧の集まりに呼ばれ、そこで講演を頼まれたそうです。
講演に先立って禅のお坊さんが「道で仏に逢えば、仏を殺せ」という禅の一節を紹介しました。
次に岡本太郎の番になり、先ほどの禅問答を引き合いに出し「道で仏に逢えばというが、実際に仏には逢えない。では何に逢うか、それは己自身であり、自分自身に対面したら己を殺せ」という趣旨のことを言いました。するとそこにいた禅僧が拍手喝采を送ったというエピソードが述べられています。
これも岡本太郎の人生観をよく反映していて、自分自身、常に現状に満足したり甘えたりせず、厳しくも自身が輝ける境地へ進めと、鼓舞しているのです。
「出る釘になれ」
岡本太郎は幼少の頃より大人だろうと何だろうと常に反抗精神を持って生きてきました。実際に教師が「子供」を理由に理不尽な対応を取ろうものなら、反抗して対立したといいます。それが原因で小学校の1年だけで4つも学校を変えたというエピソードが紹介されています。
もともと岡本太郎の両親は、父が漫画家の岡本一平、母が歌人で小説家の岡本かの子であり一風変わった教育がなされてきました。幼い頃から「対等」の人間関係で育てられたというのです。
例えば、小学生の頃から両親としょっちゅう議論をし、その議論の最中に「モチロン」を連発することから「モチロンちゃん」と呼ばれたそうです。
もともと両親も一途な性格で、子供相手にも真剣に向き合ってきた結果、岡本太郎という人間が出来上がったともいえます。
「行きづまりが新たな境地を生む」
岡本太郎は本書の中でゴッホのエピソードを紹介しています。ゴッホが行きづまりの末、自らピストルを打ち込んで亡くなったその境地を解説しています。
岡本太郎は人間誰しも生きづまりを経験するし、行きづまった方が面白いと豪語します。
ゴッホの場合も絵画の世界で自分を追求していった結果、どうしようもないズレを感じ、絶望の果てにピストルを打ち込んだのですが、1発の弾が彼を貫いた時に、そこでゴッホは自分が追求していた芸術の本当の意味を理解したといいます。
つまりそれは、自ら作り出した「芸術」の枠を捨て去って初めて、新しい「芸術」が現れてくることを意味します。それ故、岡本太郎は芸術におけるアバンギャルドを礼賛しますし、ゴッホも自分の死を自覚した時に、新たな芸術の境地を見出したのではないかと考察しています。
ゴッホは自らが作り出した世界で行きづまり、絶望し、その壮絶な格闘のドラマがゴッホの絵に表れ、見る者の胸に迫るといいます。
ゴッホは不運にも自死を選びましたが、岡本太郎はそのように行きづまったら、自らに闘いを挑んで、その行きづまりを打破しろと言い放ちます。それが新しい境地へと向かう第一歩なのです。
「芸術は爆発だ」
この言葉が意味するところは何でしょうか。岡本太郎はそれについて以下のように解説しています。
「ぼくが芸術というのは生きることそのものである。人間として最も強烈に生きる者、無条件に生命をつき出し爆発する、その生き方こそが芸術なのだということを強調したい。」
(「自分の中に毒を持て」P190)
岡本太郎がいう「爆発」とは自分の心の中の火(感情といっても良い)をその都度、その都度、開放して自らを燃焼させていくことなのです。
自分の感情に素直に生きることが本当の人生を生きることにつながりますし、そこで対立や障害が生じたら、それに立ち向かうことで更に自分の人生が豊かになるというのです。
まとめ
本書が最初に刊行されたのは1993年であり、当時の日本はバブルがはじけ世の中に閉塞感が漂い始めた頃だと思います。
岡本太郎はそのような時代の閉塞感に向かって、自らが80年以上も実践してきた「自らを燃焼させる方法」を改めて伝えたかったのだと思います。
本書を一貫して流れる「熱き情熱」は時代を超えて人々の胸に突き刺ささり、それ故、発売から20年以上経っても売れ続けるベストセラーとなっているのでしょう。
ぜひ一度、本書を手にとって岡本太郎の「熱き思い」に触れてみてはいかがでしょうか。
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岡本太郎
芸術家。1911年生まれ。29年に渡仏し、30年代のパリで抽象芸術やシュルレアリスム運動に参画。パリ大学でマルセル・モースに民族学を学び、ジョルジュ・バタイユらと活動をともにした。40年帰国。戦後日本で前衛芸術運動を展開し、問題作を次々と社会に送り出す。51年に縄文土器と遭遇し、翌年「縄文土器論」を発表。70年大阪万博で『太陽の塔』を制作し、国民的存在になる。96年没。いまも若い世代に大きな影響を与え続けている。(出版社H Pより)