美術を見て「何が描かれているのか」「どうして評価されているのか」分からず、美術展でも作品を前にキャプションなど解説文を読んで、何となく分かったふりをして通り過ぎる、という経験をしたことはないでしょうか。このように美術鑑賞に苦手意識を持っている人には、本書は格好の道標となるでしょう。
よく言われることですが、美術鑑賞には2つのタイプがあります。一つは「作品の知識は不要で、ひたすら感性の赴くままに見よ」というタイプ。もう一つはそれとは真逆で「感性ではなく、知識を元に鑑賞すべき」というタイプです。
著者は美術鑑賞に知識が必要と考えるタイプで、作品がどのような美術史の中で生まれたのか、どのような時代に描かれたのかという「西洋美術史」や「世界史」の教養がなければ真の理解はできないといいます。
世界の知的教養人たちは必ずそのような鑑賞法で美術を見ており、そのような教養は今後のビジネスシーンでもますます必要になると筆者はいいます。
著者について
著者の秋元雄史氏は「ベネッセアートサイト直島」でチーフ・キュレーターを務め、その後地中美術館や金沢21世紀美術館で館長に就任。現在は東京藝術大学大学美術館と練馬区立美術館の館長を兼任しています。
このように一貫して美術の世界に身を置き、日々世界のビジネスエリートやセレブリティたちと交流してきた著者だからこそ、日本の現状に危機感を抱いているのです。本書を読んで、それを実際の鑑賞の場で実践していけば、世界標準の知的教養を身につけることができるのです。
本書の特徴
本書はルネサンスから20世紀のアートまでの流れをざっと俯瞰することから始まります。出だしから「西洋美術の核は『革命』にある」著者が言い切るように、一つの芸術ムーブメントが起こると、次にそれを壊して、新たな表現を見出していくという、西洋美術の流れが記されています。
また、次の章ではそれぞれの美術ムーブメントの中からこれだけは抑えておいてほしいという23作品が詳細に解説されています。
それぞれの作品はステップ1とステップ2に分かれていて、それぞれ「表現」(技法や色彩、モチーフなどのポイント)で見る見方と「史実」(制作当時の社会や思想的背景などのポイント)で見る見方が紹介されており、2つのアプローチにより西洋美術の文脈がすんなりと理解できるのです。
なぜこのような作品が生まれたのか?
本書を読むと「なぜこのような作品が生まれたのか」が理解しやすくなります。
例えば、17世紀の画家フェルメールの作品はなぜこんなにも小さいのか。実際にフェルメールの「牛乳を注ぐ女」は縦×横が45×41cmほどしかありません。
ルネサンス期に描かれた壁画と比べると明らかに小さいのですが、それは当時のオランダなどヨーロッパ諸国は海外貿易で財をなし、裕福になった市民は自宅の壁を飾るために小さな絵を必要としたからなのです。
もちろん、西洋史的にもプロテスタントの誕生によってパトロン(絵の注文主)が教会や貴族ではなくなったことも影響しました。フェルメールの時代は描く題材も風景画や日常の風俗が描かれるなど、美術の題材も変わっていったのです。
美術史の点と点が線でつながる
また、印象派以降、美術の流れが急速に発展していきます。特に後期印象派のゴッホ、ゴーギャン、セザンヌなどはその後の画家たちに多大な影響を与えます。
彼らは視覚的リアリズムを放棄し、作品に感情や自由な視点を導入するなど革新的な試みを行います。それらは色彩による感情表現を主体とした「フォーヴィスム」や多視点を導入した形の革命「キュビスム」を生むことになります。
ゴッホやゴーギャン、セザンヌがいなければ西洋美術史の流れは変わっていたかもしれませんし、そのスピードはもっと遅かったかもしれません。それゆえ、彼らのような革命的な表現を行った画家は現在でも評価されているのです。
教養を身につけたら美術館で実践してみよう
本書で西洋美術史の流れを把握したら、今度はそれを実践で試してみたくなります。そこで本書は美術館での鑑賞法も伝授しています。
まずは、見たことを言語化するのがお勧め。何が描かれているか、何色でどのように描かれているかを言葉に出して言ってみるのです。そうすると黙って見ているより集中して見ることができます。
「抽象画」では色や形、線といった形態や筆跡を純粋に楽しむことが重要だといいます。作家の世界観を「体験」するのが芸術を楽しむ一歩となります。
また、特に現代アートでは「分からないなら分からないでいい」といいます。でも自分なりにその作品について「考えてみる」ことは必要で、もし自分の解釈と作者の解釈が違っていても問題なく、アートは正解が一つではなく、いろいろな見方があるのです。
そして展覧会では全てを見ずに「5点だけ」集中して見ることをお勧めしています。全部の作品を見ようとしても集中力が続かないし、名作と呼ばれるものや自分の興味のあるものに絞って見たほうが何倍も得られるものがあるといいます。
ギャラリートークにも参加して疑問に思ったことを素直にぶつけてみるのもお勧めです。
まとめ
本書はルネサンスから20世紀までの西洋美術史の流れがコンパクトにまとめられており、一つ一つの美術ムーブメントをすんなりと理解することできます。また、美術史上特に重要な作品が詳細に解説されていますので、それぞれの作品についても理解し語れる力が身につきます。
美術館ではそれらの教養をもとに自分の目で作品と向き合うことになりますが、本書を読んでから作品を見ると、明らかに作品の見方が違っていることに気づきます。
今までは「写実的だな」とか「印象派の作品だな」といった表面的な感想しかありませんでしたが「一点透視図法で描かれているな」とか「印象派は筆触分割で描くから色彩が鮮やかなのか」といった感想が生まれてくるようになります。
ぜひ、美術の教養を身につけて美術鑑賞を知的なゲームとして楽しみましょう。
著者
秋元雄史(あきもと・ゆうじ)
1955年東京生まれ。東京藝術大学大学美術館長・教授、および練馬区立美術館館長。
東京藝術大学美術学部絵画科卒業後、作家兼アートライターとして活動。1991年に福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社、国吉康雄美術館の主任研究員を兼務しながら、のちに「ベネッセアートサイト直島」として知られるアートプロジェクトの主担当となる。
2001年、草間彌生《南瓜》を生んだ「Out of Bounds」展を企画・運営したほか、アーティストが古民家をまるごと作品化する「家プロジェクト」をコーディネート。2002年頃からはモネ《睡蓮》の購入をきっかけに「地中美術館」を構想し、ディレクションに携わる。開館時の2004年より地中美術館館長/公益財団法人直島福武美術館財団常務理事に就任、ベネッセアートサイト直島・アーティスティックディレクターも兼務。2006年に財団を退職。
2007年、金沢21世紀美術館館長に就任。国内の美術館としては最多となる年間255万人が来場する現代美術館に育て上げる。10年間務めたのち退職し、現職。
著書に『直島誕生』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『おどろきの金沢』(講談社)、『日本列島「現代アート」を旅する』(小学館)等がある。
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