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「絵を見る技術-名画の構造を読み解く-」(書評)名画の謎を解くカギを手に入れる

どんな本なのか?

絵を見て「なぜこれが有名なんだろう」とか「この絵のどこがすごいのかわからない」と思ったことはないでしょうか。美術館に行っても名画の前で「すごい!」とは言ってみたものの、なぜその作品が「すごい」のか、ちゃんと自分の言葉で説明できるでしょうか。

そんな鑑賞に自信のない人におすすめなのが、本書「絵を見る技術-名画の構造を読み解く-」です。
本書は一言でいうと「なぜこの絵が名画なのか、その理由を絵の構造を解き明かすことで説明してくれる本」です。

ちまたには絵画の見方を教える鑑賞法が溢れていますが、それらは大別すると二つに分けられます。一つは、知識なしに自分の好きなように絵を解釈する方法。もう一つは、知識をもとにする鑑賞法。

どちらもメリット、デメリットがあるのですが、1番のネックになっているのが、みんなが一番気になっている「なぜこの絵がすごいのか」に答えられていない点にあります。

しかし、本書を読むと「なぜこの絵がすごいのか」が分かるのです。もっというと、画家が絵に込めた仕掛けや狙いが解明されていくので、名画がより深く理解できるようになります。

では具体的に本書はどのように名画を解析してくのか。大きく6つの章に分けて説明しています。その中で、特にここは大事だなと思う5つについて解説していきたいと思います。

絵の中の主役を探す

まず、第1章はフォーカルポイントです。
フォーカルポイントとは主役が目立つ仕掛けのことです。主役は必ず画面の中で一番目立つ様に描かれています。例えばキリストが登場する絵であれば、主役であるキリストを少し大きめに描いたり、明るくしたりといった具合に目立たせています。そしてそのフォーカルポイントに向けて視線を誘導するのがリーディングラインです。

ラファエロ「ガラテアの勝利」出典:Wikipedia

例えば、ラファエロの「ガラテアの勝利」では間違いなく主役はガラテアです。そして彼女をぐるりと囲む三人のキューピッドが弓を引いていて、この矢印こそが彼女へ視線を誘導するリーディングラインなのです。
このリーディングラインは柱や棒などの線状のもの以外にも大気や連続したモチーフの配置などでも表されることがあります。

絵の中の経路を探す

続きまして、これも大事な要素、第2章の「経路」です。

名画は単にモチーフを綺麗に描いているだけではありません。画面全体を使って鑑賞者の視線をぐるりと一周させる経路を仕掛けているといいます。

画家は絵を隅々まで見て欲しいと思っています。そして、美術教育を受けた人は絵が指し示す経路を見つけることができるのです。逆にいえばそれが絵の見方を知っているということになります。

画家が最も気をつかうのが、角の処理です。角は見る人の視線が外に行ってしまう鬼門のような場所です。それゆえ画家はあの手この手で角にストッパーを置いて、視線が外に流れないようにしているのです。画面の端になぜかポツンとモノが置かれていれば、それは間違いなくサイドやコーナーを守るストッパーだというのです。

ゴッホ「収穫」出典:Wikipedia

例えば本書で紹介されているゴッホの「収穫」では手前から奥に向かってジグザグに視線を誘導しています。具体的には手前の小道から横にジグザグと進んでいき、中央付近で左に干し草の山、右に柵のかたまりが現れ、見事に画面内に視線を戻す役割をしています。このように自然な景色に見せかけて、画家の中では綿密な計算の上にそれぞれのモチーフを配置しているのです。それが分かってくると、絵の奥深さはもちろんのこと、画家の絵に込めた想いまで理解できるようになります。

バランスの見方

次にご紹介するのは第3章「バランス」です。

リーディングラインが主役へ視線を誘導させるための線であることはご紹介しました。そのリーディングラインは絵の雰囲気を決定付ける役割もあるのです。例えば、縦を強調する線は「威厳」であるとか「立派」といった印象を与え、逆に横は「安心」や「休憩」を意識させます。また、斜めは「動き」で、特に右斜め上は「活発」を表し、その反対で右斜め下は「不安」を感じさせる構図になっています。

名画にとってバランスは非常に大切で、必ずといっていいほど、バランスを取る工夫がされています。よく言われるようにルネサンスは三角形を基本構造としています。ラファエロやダ・ヴィンチなど人物の配置やモチーフの造形に三角形の構図を採用して描いています。それは三角形が一番安定して見えるという人間の心理をもとにしているからなのです。
本書では様々な絵画のバランスの取り方が紹介されています。主役が中心ではなく、右や左に配置した場合の反対側の対処の仕方など「なるほど」と唸らせるものばかりです。

ジャン・レオン・ジェロームの「嘆きの壁」出典:パブリックドメインQ

例えば、本書で紹介されているジャン・レオン・ジェロームの「嘆きの壁」では画面中央よりやや左下にフォーカルポイントである主役が配置されています。ただ、それだけだとバランスにかけてしまうので、画面右下の絶妙な位置にタイルの欠けが描かれています。その欠けが画面内での人物との釣り合いを保つポイントとなっています。さらにいうと、人物の右に立てかけられた杖も三角形を形づくり安定性を高めています。

この他、画面上部を暗くしたり消失点を画面外に設定したりとバランスを取るための仕掛けが随所に隠されています。これはほんの一例に過ぎませんが、名画は必ずバランスを取っているといえ、バランスの取り方にこそ画家の才能が表れていると本書では語られています。

なぜその色が使われるのか?

次に第4章の「色」です。

絵画にはたくさんの色が使われていますが、意外なことに17世紀までの色は限定的といいます。17世紀まで顔料の多くはオーカーやアース、炭など土由来のものが多く、色数が極端に少なかったのです。色がくすんでいて地味なものが多いのも特徴です。

また、色には様々な意味があります。例えば、黄色は金箔に代わるものとして高級感を演出しますし、青い絵具は原料となる鉱物が高いので高価な印象を与えます。黒に関しては原材料は安いのですが、布に染めるのが難しく白と共に王侯貴族しか着られなかったため高級な色になっています。赤はヴァーミリオン(水銀朱)が錬金術で使われ、また血を想起させることもあり特別な色として認識されてきました。

面白いことに、18世紀以降は絵画における青の面積が増えたといいます。それは1704年にベルリンの錬金術師の工房にいた調合師が偶然にプルシャンブルーという人工顔料を作り出したからなのです。それまでの絵画では青はラピスラズリなど黄金に匹敵する顔料のため、よっぽどのことがない限り使えなかったのです。

また、印象派は明るい絵が多いのですが、それはチューブ入り絵具が発明され、屋外で制作できるようになったからです。明るい色を求めた彼らは土由来の絵具を追放し、カラフルな絵具ばかり使うようになったのです。

現在でも濃い色は高級、薄いパステルカラーは安いイメージがありますが、それは絵具の顔料が貴重だったため、鮮やかな色は高級な印象、色を薄めて使うパステルカラーは伝統的に安いという意識が未だに人々の中にあるからです。

構図と比例

第5章の「構図と比例」は本書で最も魅力的なパートの一つで、「だから名画は素晴らしいんだ」と納得できることばかりです。

まず、基本的な構図ではモチーフの位置が中央、上、下の順で重要度が下がっていきます。左右では右のほうが上位。絵を観る側からすると左の方が偉いということになります。

人はきちんと並んでいるとか、そろった大きさのものなど、規則正しいものを見ると安心します。十字線や対角線上に対象が描かれていると秩序だって見えます。名画は等間隔や相似形が多いのです。しかし、秩序だった構図だと安心感はありますが、しかしそれが行き過ぎると様式化されて不自然に見えてしまいます。ルネサンスの巨匠たちがすごいのは、見た目は写実的に描いていますが、見える現実をそのまま描くのではなく、画面に一定の秩序を保ったまま、なおかつ自然な表現をしていることにあるといいます

また、ここからがすごいのですが、名画では「等分割のマスターパターン」と呼ばれる構図があるといいます。二等分割のさらに半分、四分割を縦と横で行うと16分割になります。それにさらに斜めの線を引くと主要なモチーフがぴったりと収まるといいます。本書ではラファエロの「アテネの学堂」が紹介されています。

ラファエロ「アテネの学堂」出典:Wikipedia

まず、横に二分割、さらに四分割と線を引いていくと、上段の人物、下段の人物ときっちり等分割されていることが分かります。さらに縦にも等間隔で線を引くと建物の構造も等間隔で配置されていることが分かります。

さらに斜めに線を引くと、左下のピタゴラスの石版に当たります。「アテネの学堂」は古代のギリシャ哲学者たちが登場する作品です。ルネサンスは古代ギリシャ文明を高く評価していて、ピタゴラスやプラトン理論などに再注目した時代といえます。縦横、斜めの線には先述のピタゴラスの石版や画面中央左のダ・ヴィンチ扮するプラトンが手にする「ティマイオス」が来ます。ちなみにピタゴラスは縦も横も3/4の線に沿って配置されておりラファエロによるピタゴラスへのオマージュが感じられます。

このように、巨匠たちは画面全体と各部分を調和させたいと考えており、そのような調和の取れたものに人々は安心を感じるのです。

最終章の練習問題も見事

最終章ではこれらの構造分析を使った練習問が2つ紹介されています。一つはティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」。もう一つは、ルーベンスの「十字架降架」です。どちらも綿密に計算された構図や仕掛けが施されていて、まさに眼から鱗です。詳しくは本書を読んでもらいたいのですが、ここまで名画を読み取ることができると鑑賞が楽しくなります。

まとめ

本書は「なぜ名画がすごいのか」という誰もが抱くシンプルな質問にダイレクトに答えてくれる本です。名画の仕組みとして主役の見つけ方から、そこへ至るリーディングライン、バランスや色彩、さらには構図を読み解く比例の仕組みまで。絵画の構造を一つ一つ分解して解き明かしてくれます。

そして名画に隠された無数の仕掛けに気づかせることで名画が名画である所以がすんなりと理解できるのです。本書を読めば自分が美しいと思える作品を前に、線やバランス、明暗や比例、色づかいといった要素を使って自分の言葉でその理由を説明できるようになります。

是非、一読をお勧めします。


著者
秋田麻早子(あきた まさこ)
美術史研究家。岡山県岡山市生まれ。2002年テキサス大学オースティン校美術史学科修士課程修了(MA)。専攻はメソポタミア美術で、トークン研究で知られるシュマント゠ベッセラに師事。2009年より「絵の見方は教えられるか?」というテーマに取り掛かり、2015年からビジネスパーソンの学習の場・麹町アカデミアで「絵を見る技術を学ぼう!」を不定期で開催。名画を自分の目で見る方法を広めることで、人々が自分の言葉で芸術や美について語れる世の中にするのが目標。(出版社サイトより)

絵を見る技術 名画の構造を読み解く

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