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「#名画で学ぶ主婦業」(書評)主婦じゃなくても思わずうなずく名画で大喜利!

本書の特徴

本書はツイッターで大反響を呼び、のべ10万リツイートを獲得した「#名画で学ぶ主婦業」の待望の書籍版です。

「#名画で学ぶ主婦業」というツイッター現象は、西洋絵画を中心に様々な名画に独自のコメントをつけてつぶやくもので、名画から得られた発想を主婦目線で表現するというものです。

特にコメントは主婦の日頃の鬱憤が爆発したような形で表されていて、多くの主婦から共感できると絶賛されています。

また、作品内容とコメントが全く違っていて、そのズレが面白いのも特徴の一つです。

ハイクオリティなツイッターコメント

現代版、大喜利とも呼べるそのツイートは、多くの場合、一般人によって発信されています。しかし、とても一般人とは思えないクオリティーの高さが見もので、発想力と着眼点はピカイチです。

また、一般の目線で語られるからこそ多くの人々に共感されるのかも知れません。

本書では、ツイートコメントと共に各名画の解説が付いていますので、名画の本来の意味や内容を知ると、ツイートコメントがいかに名画と関係ないかが分かり、そのギャップがまた面白みを増幅させているのです。

傑作ツイートをご紹介

それではいくつかの名作(というか、ツイートと名画の名コラボ作品)をご紹介したいと思います。

まずは、小手始め。

#何しに2階来たんだっけ

ティツィアーノ「懺悔するマグダラのマリア」

「懺悔する聖マグダラのマリア」ティツィアーノ

作者は15世紀のイタリア、ベネツィア派の巨匠、ティツィアーノの作品で、真面目な人からしたら怒られるレベルのコメントとなっています。

マグダラのマリアは娼婦であり、キリストの前で懺悔し、流した涙がキリストの足を濡らすと、その長い髪で足を拭いさらに香油を塗ったというエピソードが残っています。

懺悔するシリアスな場面を「何しに2階来たんだっけ」という、よくある日常の「あるある」に落とし込んでいます。

続きまして。

#スーパーで駄々をこね暴れる子どもを相手する見知らぬお母さんにそっと健闘を祈る

ゴーギャン「説教のあとの幻影」

「説教のあとの幻影」ゴーギャン

これもゴーギャンファンに絶対に怒られるコメントですね。

ゴーギャンは主観と客観を統合する新しい表現様式を開拓した革命児でした。画面はヤコブと天使が格闘している神話の一場面で、手前の女性たちは教会で説教を聞いた後、その場面を幻視しているというシチュエーションです。

どこにも「スーパー」や「駄々をこねる子ども」なんか出てきません。しかし、何となくそんな場面にも見えてくるのが不思議というかセンスの良さなのでしょう。

ちなみに格闘シーンは北斎漫画から来ており、ゴーギャンはかなり北斎から影響を受けていたとされています。

続きまして。

#「やっぱりママじゃないとダメだな」って、風呂まで連れてこないで!あやして! 自力であやして!

ティントレット「天の川の起源」

「天の川の起源」ティントレット

ティントレットもイタリアベネツィア派の画家です。

パパ役は全治全能の神、ゼウス。そして全力で拒否するママ役はゼウスの妻、ヘラ。赤ん坊はギリシャ神話の英雄、ヘラクレスです。

実はこの場面は、赤ん坊がママ(本当の母ではない)の乳を吸ったところ、あまりにも強い力で吸ったので、ママが目覚めて子どもを突き放し、その際に飛び散った乳が多数の星となり、それが天の川になったという伝説のシーンなのです。

銀河誕生の壮大な場面とコメントとのギャップが非常に面白いです。

最後に。

#「おかーさーん」「ねーおかーさーん」「ねーねーってばー」「あのねあのね」「頼むから1分くらい静かにして。てかひとりにして……」

アレクサンドル・カバネル「ヴィーナスの誕生」

「ヴィーナスの誕生」アレクサンドル・カバネル

本作品は1863年のサロン・ド・パリで「アカデミック芸術の傑作」とされた作品で、描かれているのはヴィーナスと天使たちです。

海の泡から生まれた女神、ヴィーナスを天使たちが祝福する場面を描いたもので、新古典主義とロマン主義を融合した究極の理想美と絶賛されました。

一方、ツイッターコメントは家事に疲れた主婦に5人の子供がかまって欲しいと取り囲む場面に改変されています。

時代もシーンも全く異なっていますが、主婦目線では非常に共感できるのでしょう。

まとめ

本書は、下手をすると名画を茶化していると批判を受けるかも知れません。よく言われるように、美術鑑賞には時代背景や神話などの意味を知らないとダメだといった風潮がありますが、そういう人たちからすると何と非常識な見方をするのだと、お叱りを受けそうです。

しかし、個人的には美術はもっと自由に見ても良いのではないかと思っています。だからこのような大喜利による名画へのアプローチには大賛成です。

本書のように取っ掛かりはツイッターコメントかも知れませんが、内容を知って名画に触れるきっかけとなるのは非常に良いことだと思います。

この本は格式ばった美術の敷居を下げ、それまで美術に興味のなかった人たちに美術の面白みを発見させる力があります。ぜひ、一読をお勧めします。

著者
田中久美子(タナカクミコ)
東京藝術大学美術学部美術学科卒業、オレゴン州立大学美術史学科修士課程修了、東京藝術大学大学院美術研究科芸術学専攻修士課程修了、同・博士課程後期を単位取得満期退学。多くの大学での非常勤講師を経て、現在は、文星芸術大学の副学長を務めている。また、跡見学園女子大学で非常勤講師を務める。専門は、フランス中世・近世美術史

「#名画で学ぶ主婦業」田中久美子著 宝島社

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