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ラファエロ「アテネの学堂」が名作といわれる理由

  • 2021年4月9日
  • 2021年4月9日
  • 西洋画
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ラファエロ「アテネの学堂」出展:Wikipedia

イエス・キリストや聖母マリア、歴代のローマ教皇の肖像などラファエロは37歳という短い生涯の中で数多くの傑作を世に送り出しました。彼の描く人物像は優雅で慈愛に満ち、そのスタイルはルネサンス芸術のお手本とされました。19世紀に至るまでの数百年間、ラファエロ は西洋美術の規範として多くの画家たちから尊敬の眼差しで見られていました。

そのようなラファエロの名を世に知らしめたのが今回ご紹介する「アテネの学堂」(1509-1510年)です。なぜこの絵が名画とされているのか、その理由を解説していきます。

名作といわれる理由 – 結論 –

ラファエロは同時代のレオナルドやミケランジェロの芸術表現から多くを学び、特に「アテネの学堂」では調和の取れた構図でルネサンス芸術の特徴を遺憾なく発揮しています。

描かれた内容も新プラトン主義を視覚化したもので、教皇の意図を汲み取り洗練されたものとなっているため名作といわれます。

そもそもラファエロとは?

作品の解説に入る前に、ラファエロがどれだけ凄い人物なのかその人物像を簡単に説明していきます。

ラファエロ「自画像」出展:Wikipedia

ラファエロ(1483-1520)はルネサンスを代表する画家でレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロと並ぶ盛期ルネサンスの巨匠です。レオナルドやミケランジェロと同じ時代を生きましたが、彼らと違うのは37歳という若さで亡くなっていることです。

しかし、その短い生涯に圧倒的な傑作を世に送り出しました。「ベルヴェデーレの聖母」や「システィーナの聖母」など「聖母の画家」と称されるラファエロならではの慈愛に満ちた聖母子像は多くの人々を魅了します。また、肖像画では時の権力者を描いた「ユリウス二世の肖像」や「レオ十世の肖像」など、その内面をも写し出す描写力が光ります。

ラファエロ「ベルヴェデーレの聖母(牧場の聖母)」出展:Wikipedia
ラファエロ「ユリウス二世の肖像」出展:Thisi is Media

この他、「ガラテアの勝利」や「キリストの変容」など多くの人が一度は目にしたことのある作品を残し、ルネサンス芸術を完成させました。

ラファエロは同時代のレオナルドやミケランジェロから遠近法や陰影法などルネサンス芸術に欠くことのできない絵画技法を学び、その様式美とバランス感覚は後の西洋美術のアカデミーにおいて高く評価され、美の規範として長く評価されました。

そのような数々の傑作を創出したラファエロの作品の中で特に評価が高いのが今回ご紹介する「アテネの学堂」です。なぜこの作品が名作とされるのか、その理由を3つに絞って解説していきます。

1. 調和の取れた構図

名作とされる理由の一つは、調和の取れた構図です。

「アテネの学堂」ではアーチ状の建物を背景に様々な人物が登場します。議論する者、思索にふける者など一見すると雑然としているように見えます。しかし実際、背後の建物は左右対象のシンメトリーに配置され、人物も上段と下段に分かれており非常に安定したバランスのとれた構図となっています。

ルネサンス芸術の特徴の一つに調和の取れた安定した構図が挙げられます。特に三角形の構図は安定感があり見るものに安心感を与えます。「アテネの学堂」でも上段の人物たちは一直線に並べられアーチ状の建物を頂点とする三角形を形成しています。また、下段の人物たちも左右で一群を形成し安定性に寄与しています。

ラファエロ「アテネの学堂」三角形の安定した構図

また、正確な遠近法も安定感に貢献しています。ルネサンス芸術のもう一つの特徴として遠近法が挙げられます。特に線遠近法は3次元の現実世界を2次元の平面に写しとる技法で、見る者に奥行きを感じさせます。

「アテネの学堂」でも中央の人物の間に消失点が設定されており、建物の外壁や床の模様をたどっていくと線でつながっている様子が分かります。

ラファエロ「アテネの学堂」消失点の設定された線遠近法

ラファエロはレオナルドから安定した三角形の構図や陰影法、そしてミケランジェロから人物表現を学び、美しい調和の取れた表現を身につけていきました。そして遠近法と左右対称のシンメトリカルな構図、繊細で柔和なスタイルによってルネサンス芸術の頂点ともいわれる作品へと昇華させました。

2. 新プラトン主義の視覚化

「アテネの学堂」のもう一つの特徴は描かれている人物の特異性で、それまでのキリスト教絵画では異質であるギリシャ時代の賢人が描かれています。実はこれこそがルネサンスを象徴する出来事で、ルネサンスという時代は多神教をベースとした古代の文化をキリスト教の文脈の中に置き直す運動といえるからです。つまり「アテネの学堂」は新プラトン主義の思想をわかりやすく視覚化したものといえます。

中央の人物の左側はプラトンで、手には「ティマイオス」を持ち、人差し指を天に向けています。真実はイデアの中にあると宣言しているかのようです。右側の人物はアリストテレスで「エティカ(倫理学)」を手にしています。右の掌を下に向け地上での実践を重視しています。真実は現実の世界に存在すると説いているのです。

ラファエロ「アテネの学堂」プラトン(左)とアリストテレス(右)

他の人物たちも多くは古代の賢者たちです。右下で身をかがめているのはユークリッド。その他、天文学者でもあり神秘主義者でもあるゾロアスターや、天動説を唱えたプトレマイオスなども描かれています。プトレマイオスの考えはそれまでのキリスト教文化が探究してきた惑星に関する考え方に沿うもので、当時その対極にあったコペルニクスによる地動説に反対する意味で登場します。ここにはラファエロのカトリック教会の伝統主義を擁護する姿勢が見てとれます。

画面の左右に設けられたニッチと呼ばれるくぼみ部分には巨大な大理石像が描かれており、左が芸術の神アポロンで、右が知恵を司るミネルヴァです。これらは神話の神様であり、キリスト教にとっては異教の神々でもありますが、先述の通り、新プラトン主義(ネオ・プラトニズム)の思想を伝える要素となっています。

登場人物のモデルは実在の人物

「アテネの学堂」に登場する人物の多くは同時代の実在の人物がモデルとなっています。プラトンはレオナルド・ダ・ヴィンチ、ユークリッドはラファエロと親交のあったルネサンスの建築家ブラマンテ。そしてラファエロ自身も古代ギリシャの画家アペレスに扮して登場します。さらにラファエロはブラマンテの衣の縁帯に「R.V.S.M(Raphael Urbinas Sua Manu)ウルビーノ出身のラファエロが自筆で制作した」と記し、偉大な賢者に混じって自らの存在をアピールしています。

画面の中にはヘラクレイトスに扮したミケランジェロも描かれていますが、下描き段階ではミケランジェロは描かれておらず、制作の最終段階で描き加えられたことが分かっています。この頃、ミケランジェロはシスティーナ礼拝堂の天井画を描いており、ユリウス二世の強い意向により加えられました。ちなみにヘラクレイトスは古代ギリシャで最も偏屈な哲学者として知られています。

時空を超えた壮大なテーマ

このようにラファエロは神話の神々から倫理哲学の賢人、さらには幾何学、そして宇宙論までと壮大なテーマを扱っていきます。このような構成とすることで、画面は限定的な一場面という設定を超え、空間に広がりを持つことになります。さらに古代の賢人を現代(その当時)の人物が演じることにより、時間という概念をも超越し空間と時間の両面で広がりが感じられる巧みな画面へと昇華させているのです。

3. 教皇の政治的権力を誇示

署名の間(バチカン教皇庁)出典:Wikipedia

「アテネの学堂」が評価される3つ目の理由は、ローマ教皇の政治的権力を誇示するために描かれたからです。ローマ教皇とはキリスト教カトリックのトップに位置する人物で、その当時ヨーロッパ全土に絶大な権力を誇っていました。ラファエロはローマ教皇ユリウス二世の命によりその居室の一部を描きました。それらは今日、ラファエロの間(「コンスタンティヌスの間」「ヘリオドロスの間」「署名の間」「ボルゴの火災の間」)と呼ばれ、「アテネの学堂」は最初に描かれた「署名の間」に描かれています。

署名の間は元は教皇の私的図書館(書庫)となるはずだった部屋で、壁画の完成後は法令や勅書などの事案について証書に署名する場として使われたため今日のような呼び名になりました。

神学・哲学・詩学・法学を表す

「署名の間」の四方の壁は蔵書の主要なテーマに沿って分けられ、当時の知識人を象徴する四つの分野から成ります。「詩学・法学・哲学・神学」がそれに当たります。ユリウス二世は宗教的指導者である前に日の打ちどころのない完璧な知識人でなければならず、教皇の政治的決断は知識と深い洞察力に裏打ちされたものでなければならなかったのです。

署名の間(天井画)出典:Wikipedia

「署名の間」の天井には「神学・哲学・詩学・法学」の擬人像が描かれており、4つの壁画はそれぞれの擬人像と対応するよう設計されています。「聖体の論議」は神学を表し、天上界と地上界が分けられた世界で神学者による聖体の議論が進められていきます。「アテネの学堂」は哲学を表し、古代の哲学者が議論する様子が描かれています。「パルナッソス」は詩学を表し、アポロンとミューズによる詩作が行われています。最後の「正義の壁」は法学(正義)を表し、描かれた女性の擬人像はそれぞれ「剛毅・賢明・節制」を象徴し、天井に描かれた「法学(正義)」と共に四枢要徳が完成します。 

その部屋には限られた人物しか入れませんでしたが、それを見た者は教皇の偉大さとその権力の崇高さに圧倒されたに違いありません。もちろんこれらの構想には教会の神学者が少なからず関わったものと考えられますが、ラファエロはあらゆる点でユリウス二世の政治的意図をくみ、カトリックの教義とギリシャの思想を合体させ教皇の権力を最大限アピールしようと努めたのです。

まとめ

ラファエロは「アテネの学堂」によって安定した構図と遠近法を駆使し、ルネサンス芸術の頂点ともいわれる作品へと昇華させています。描かれた内容は古代ギリシャの哲学者や科学者など、キリスト教と古代思想を融合させる新プラトン主義を視覚化したものとなっています。

また、レオナルド・ダ・ヴィンチなど実在の人物を古代の哲学者のモデルとするなど、時空を超えた絵画世界を構築し、その巧みな構想力も見るものを惹きつけます。

「アテネの学堂」が描かれた「署名の間」は「神学・哲学・詩学・法学」を象徴しており、ローマ教皇の権力と聡明さをアピールする狙いもありました。このようなラファエロの技術力、構想力、そして類いまれな創造力が神の如く統合された結果「アテネの学堂」は傑作といわれているのです。


【参考文献】
「もっと知りたいラファエッロ 生涯と作品」 (アート・ビギナーズ・コレクション)
「誰も知らないラファエッロ」 (とんぼの本)
「ラファエッロの秘密」(河出書房新社)
「ラファエッロ―幸福の絵画」 (平凡社ライブラリー)
「ルネサンス 三巨匠の物語 万能(レオナルド)・巨人(ミケランジェロ)・天才(ラファエッロ)の軌跡」 (光文社新書)

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