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「奇想の画家」岩佐又兵衛の奇想天外な生涯に迫る。

「奇想の画家」という言葉を聞いたことがあるだろうか。奇抜なな構図や色彩で独自の画境に達した画家たちのことだ。

伊藤若冲や曾我蕭白など、今や展覧会が開かれれば長蛇の列ができる人気画家たちのことだ。そんな彼らも30年前までは一般の人にはほとんど知られていない無名の存在だったのである。

そのきっかけとなったのが、1970年に出版された辻惟雄の「奇想の系譜」である。江戸時代の画家、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳ら美術史の中では傍流とされてきた彼らを「奇想」というキーワードでまとめ、論じたもので「奇想」ブームの先駆けとなった。

そんな奇想の画家の中から今回は、岩佐又兵衛を取り上げてみたいと思う。

岩佐又兵衛とは?

岩佐又兵衛「自画像」

岩佐又兵衛は1578年、摂津国河辺郡伊丹(現在の兵庫県伊丹市)荒木村重の妾腹の子として生まれる。若い頃から、室町水墨画や土佐派、狩野派の絵を習得しそれらが渾然一体となった独特な画風を確立していく。

山中常盤物語の残虐性

「奇想の系譜」の中で真っ先に取り上げているのが「山中常盤物語絵巻」である。もとは牛若の伝説を主題にした室町時代のお伽草子で、12巻からなり総延長150メートルという超大作である。

岩佐又兵衛「山中常盤物語絵巻(部分)」

中でも巻4の常盤殺しの場面はショッキングを極める。盗賊による殺害のシーンを生々しく、そして繰り返し描くその残虐性には驚くばかりである。このような描写は又兵衛の生い立ちにも関係があり、又兵衛誕生の翌年、信長の家臣であった父が反逆を企てるが失敗し、一族はほとんどが惨殺されてしまったのだ。

洛中洛外図屏風

岩佐又兵衛「洛中洛外図屏風(舟木本)」

幼い頃の記憶が残酷な常盤物語に結実したことは容易に想像できる。しかし、その後の「洛中洛外図屏風(舟木本)」では穏やかで遊興的な世界が描かれている。京都の市内とその周辺を描いた屏風では、2500人に及ぶ登場人物のどれもが生き生きと描かれている。

人物描写では独自の姿形

人物描写では又兵衛独自の表現が確立する。「豊頬長頤(ほうぎょうちょうい)」と呼ばれる豊かなほほと長いあごが特徴の顔。また、体はたくましく動きはアンバランスで極端な動きを見せる。

浮世絵の祖としての一面

福井での仕事が評価され、江戸に出てきてから、三十六歌仙額の制作を任されるなど江戸で長く制作するようになる。エネルギッシュで劇的なタッチの表現により「浮世又兵衛」の名で呼ばれるようになる。そして後の時代の絵師たちからは、浮世絵の祖と見なされていた。

人形浄瑠璃のモデルにもなる

近松門左衛門による人形浄瑠璃の演目のひとつに『傾城反魂香』があるが、劇中に登場する大津絵師・吃又平は又兵衛がモデルとされる。その当時から又兵衛が伝説化していた証拠であろう。

「常盤物語」の残虐性ばかりが取り上げられる又兵衛だが、意外にも「洛中洛外図屏風」など遊興的で牧歌的な絵も制作している。また、浮世絵の祖と仰がれるなど後の時代の絵師たちからの評判も高く、その捉えどころのないスタイルが人気の秘密かもしれない。

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