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わずか10ヶ月で忽然と姿を消した謎の絵師、写楽の魅力に迫る。

  • 2020年2月21日
  • 2020年6月29日
  • 浮世絵
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東洲斎写楽「市川鰕蔵の竹村定之進」

写楽は彗星のように浮世絵界に登場し、わずか10ヶ月で忽然と姿を消した謎の絵師である。しかし、長年謎とされていた人物像だが、近年の研究では斎藤十郎兵衛とされている。写楽はそれまでの浮世絵にはない斬新な雲母(きら)摺りの手法やデフォルメされた表現などを次々と発表し、海外でも人気が高く現在でも浮世絵界にその名を轟かせている。そんな写楽の魅力をご紹介したい。

東洲斎写楽(生没年不詳)は長い間、謎の絵師とされ、北斎や歌麿、豊国といった絵師の名前が挙がっていたが、現在では阿波徳島藩主蜂須賀家お抱えの能役者、斎藤十郎兵衛(1763〜1820年)と断定されている。これは写楽が活躍した時期の1794年とも符合する。

写楽の背後には名プロデューサーの存在がある。それは浮世絵界出版界の大ヒットメーカー、蔦屋重三郎、通称「蔦重(つたじゅう)」その人である。写楽の作品は144枚が確認されているが、その全ては蔦谷重三郎の版元から出版されている。

写楽の作品は4つの時期に分けられる。特に初期(1794年5月)に秀作が多いとされ、この時期は大判の大首絵で黒雲母摺りのものが多い。

東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」

東洲斎写楽「「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」」

「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」は写楽の代表作の一つであり、代名詞といっても良い。大谷鬼次とは歌舞伎役者の名跡で、江戸兵衛は歌舞伎で上演された「恋女房染分手綱」の登場人物。江戸兵衛は鷲塚八平次に頼まれ、京都四条の河原で奴一平を襲う役で登場する。

この場面は江戸兵衛が奴一平を威嚇する瞬間を捉えたものとされ、大首絵特有のバストショットで人物の顔をクローズアップしている。見得を切ったその表情は迫力満点である。懐から出した両手は異様に小さく、しかし逆にそのデフォルメにより表情に自然と視線がいくようになっている。

写楽の特徴はデフォルメと雲母の使い方

写楽の魅力はこのようなデフォルメにある。顔のシワや口の形など役者の顔の特徴を誇張して、その役者の持つ個性を最大限に発揮するのだ。それらの表現は役者の内面まで表すかのようで、それまでにないユニークなものであった。

また、写楽の作品に特有なのが雲母摺りの技法である。雲母(きら)摺りとは花崗岩などが含まれた雲母(うんも)を粉状にした雲母粉(きらこ)を使い、ほの暗い背景にキラキラした輝きを表すのが特徴である。

東洲斎写楽「中島和田右衛門のぼうだら長左衛門と中村此蔵の船宿かな川やの権」

東洲斎写楽「中島和田右衛門のぼうだら長左衛門と中村此蔵の船宿かな川やの権」

「中島和田右衛門のぼうだら長左衛門と中村此蔵の船宿かな川やの権」は、1794年に桐座で上演された演目「敵討乗合話(かたきうちのりあいばなし)」の中で中島和田右衛門が演じた「ぼうだらの長左衛門」と中村此蔵が演じた「船宿かな川やの権」を描いた作品。

この絵の中では二人の対比が見事に結実している。和田右衛門の痩せ顔に対して中村此蔵のぽっちゃり顔。同じく下がり眉に対して上がり眉、丸い目に対して細目、鷲鼻に対して獅子鼻、濃い目の衣装に対してあっさり目の衣装といった具合だ。対比を用いて見事に2人の関係を表している。

このように、役者の特徴をデフォルメした写楽の役者絵は、販売当時売れ行きがあまり良くなかったらしい。しかも描かれた役者からも不評を買ったという。

しかし、役者の内面までをも抉り出すその表現は多くの人々を魅了している。

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